地上の試し4
「あんたが天蛇とかいう奴と、その連れかい?」
呼び止められたのは、先日から山賊と縁のある、
長身痩躯で目つきの悪い青年天蛇と、
一見そうとは見えないが
空手の有段者の可愛らしい少女の二人組みである。
呼び止めた者は、
やはりどこまでも縁のある山賊さんたちである。
今回は10人で御出ましのようである。
「1、2、3・・・・あはは。随分たくさん居るわね・・・。」
半分あきれ気味で言う少女の横で、
天蛇は深くため息をしてから、
気の毒そうに呟いた。
「お嬢様。3の次は4。4の次は5。5の次は6ですよ?
数も数えられないのですか?
もっと先の数字までお教えしましょうか?」
「か・ぞ・え・れ・ま・す!!!!!
あんた!私のこと何だと思っているの!!?」
怒った少女にそう言われ、
天蛇は横目で少女のほうを見た。
「お嬢様のことを・・・ですか?」
そう囁くように言ってから、天蛇は目線をそらし、
哀愁漂う表情を浮かべ、静かに首を左右に振りながら
心底辛そうに言った。
「気の毒すぎて・・・俺の口からは、とても・・・・」
「聞いた私が馬鹿だった・・・。」
数日共に旅をして、
ようやく天蛇の性格を掴んできたのか、
少女はあきらめ気味にそう言った。
そんなやり取りを見てから、
山賊の頭らしき人物が声をかけてきた。
「とにかく、あんたが天蛇とかいう変な名前の野郎だな。
俺の仲間が世話になったそうじゃねえか。
この落とし前は・・・」
そんな口上を述べている山賊の言葉をさえぎり少女は言った。
「ほら。天蛇。あんた変な名前って言われているわよ。」
そう言われた天蛇は、首を振るのをやめて、
少女の方に向き直り反論した。
「俺の名前の素晴らしさが山賊ごときに理解出来ないだけですよ。
大体それを差し引いても、
お嬢様より変な名前じゃありませんよ。
「塩」お嬢様。」
「人を調味料みたいに言わないで!「詩緒」よ「詩緒」!」
「ですからそう言っているではございませんか?塩お嬢様?」
「発音が違う!!詩緒よ!詩〜緒〜〜!!」
いつの間にか口論になっている二人に対し、
しびれを切らして山賊が話に割って入った。
「無視すんじゃねぇ!!とにかく落とし前はつけさせてもらうぞ!!」
そう言い、戦闘体制に入った山賊10人を眺めてから、
天蛇は懐から網のようなものを出し、近くの木のそばに行き、
その網の端を木に縛りつけ、もう一つの端を別の木に縛りつけ、
その縛り付けた網状の物の上に横になってから一言言った。
「時間掛かりそうなので、終わったら起こしてくださいね?お嬢様。」
俗に言う「はんもっく」と言う物の上に寝転がった天蛇は
そのまま顔に本を被せて寝てしまった。
「なに考えてんのよ!あんたーーー!!」
しばしの沈黙の後、詩緒の声が辺りに響いた。
数秒遅れて、
詩緒と一緒になって呆然としていた山賊たちの頭らしき人物も、
我に返って詩緒に向かって言った。
「そっちの兄ちゃんは後回しでも良さそうだな。
まずは先に嬢ちゃんの方から
落とし前をつけてもらおうじゃねぇか!」
後ろに控えていた山賊たちは、それを合図に、
それぞれの獲物を手に一斉に詩緒に襲い掛かった。
詩緒は、向かい来る山賊を右に左にかわしながら、
足払いを掛けたり、回し蹴りを当てたりと抗戦したが、
山賊の数が半数になるころには、
相手の武器などがかするようになってきていた。
(さすがに分が悪いわね・・・)
詩緒は内心毒づいた。
一方天蛇のほうは、ハンモックの上で小さくゆらゆら揺れている。
7人目の山賊を倒して、詩緒は残り3人の山賊に向き直った。
残った三人はそれなりの手だれらしく、
詩緒もうかつに踏み込めず張り詰めた空気があたりを包んだ。
そんな状態の中、天蛇はハンモックの上で背伸びをし、
本をずりさげ欠伸をしてから、眠そうに詩緒たちの方を見ていた。
山賊の一人が向かってきた。
詩緒はその勢いを利用し、その山賊を綺麗に投げ飛ばした。
そのまま残り二人の方に走り、
その内一人の方に勢いを付けて回し蹴りを仕掛けるが、
足を掴まれ当たらない。
しかし、掴まれた足を軸にして、もう片方の足で顔面を蹴り上げた。
足を掴んだ山賊は詩緒の足を離し自分の顔面を押さえた。
そこに詩緒のかかとが振り下ろされ、
山賊は地面にくずおれた。
残るは詩緒と山賊の頭の二人だけである。
いや、天蛇もその場に居るが・・・。
先に動いたのは詩緒。山賊に向かって駆け出す。
と、詩緒は何かに足を取られて地面に倒れこんだ。
呻きつつも足を取られた原因を確認する。
詩緒の足には、早いうちに倒したはずの山賊の手が絡みついていた。
詩緒はその手を振り払い素早く立ち上がるが、
すでに山賊は詩緒の眼前近くまで迫ってきていた。
「ぐっ・・・・!!」
詩緒は眼前の山賊からではなく、
後ろからの衝撃に、呻き声を上げた。
次の瞬間には、詩緒は、そのまま気を失い、
地面に倒れこんだ。
その後ろに居た、詩緒に衝撃を与えた主は、
詩緒の首筋に振り下ろしたのであろう右手を
ゆっくりと降ろしたのであった。
その主は山賊ではなく、
先ほどまでハンモックに揺られていた人物、
天蛇であった。
「何やってんだーーーー!!あんたーーー!?」
思わず、山賊の頭は大声で突っ込んだ。
「何って・・・。見てわからんのか?
お嬢様の首筋に手刀を当てて気絶していただいたんだよ。」
「いや・・・だから、なんでそんなことを?」
なぜか低姿勢に尋ねる山賊に対し、
天蛇は腕を組んで胸を張り、さも当然のごとく言った。
「お嬢様に俺が強いことばれちまって、
頼りにされたら、うっとうしいから、
気絶していただいたに決まっているだろ?」
と言うだけ言って、
天蛇は地面に横たわっている詩緒を右手で持ち上げ、右肩の上に乗せた。
山賊は理解に苦しんで沈黙したが、
ふと気がついたかのように、軽く鼻で笑ってから、
天蛇に向かって言った。
「はん。ハッタリなんて効かねぇよ。
こっちが構えているうちに、
その嬢ちゃんを担いで、逃げようったって、
そうはいかねぇよ!!」
「俺は強いって言っただろ? 逃げる訳ないだろが。
あんた程度の山賊ごとき、
お嬢様を担いだままで相手できるから、
そうしただけだろう?」
天蛇は肩に担いだ詩緒の尻を右手で撫でながら、
眠そうに半眼で、さも面倒くさそうに言った。
「てめぇ!馬鹿にしやがって、
強がって居られるのも今のうちだぜ!!」
山賊は肩を震わせ怒りを露わに、
斧を振り上げながら天蛇のほうへ襲い掛かってきた。
天蛇は左手を前にかざした。
その左手には黒い皮手袋が着用されており、
手の甲の部分には、細かい模様が描きこまれていた。
そしてその模様の上には草書体で「風」と大きく書かれていた。
そのまま、天蛇は珍しく険しい表情をして静かに息を吸った。
「我、風の力を借るものなり。今ここにその力の一部を開放す。」
天蛇がそう言った次の瞬間、
左手の周りの空間が歪み、
その歪みは轟音を伴って前方に放たれた。
山賊は叫ぶ間もなく、
周りに倒れていた他の山賊と共に、
空高く吹き飛ばされたのだった。
その日、町からかなり離れた山道で、
小規模ではあるが局地的な竜巻が発生したという。
「お嬢様―。
いいかげん、お起きになられないと、
これ以上のことをしますよー?」
天蛇は肩に担いでいる詩緒の尻を撫で回しながら、そう言うと、
丁度気がついたのか、詩緒は天蛇の背中を肘で殴りつけた。
肩に担いでいたので、さすがによけられなかったらしい。
天蛇は呻いて、その場で膝をついた。
「だからー!触るな!!」
「お嬢様。殴るなんて、
あなたには温かい赤い血が流れていないのですか?」
人気の無い山道で、
いつもの二人の会話が響き渡るのであった。